ながーい聖書のお話をしましたが、
今度は、少し観光とか
創作とかそういう時に役立ちそうなお話をしたいと
思います。
※英国国教会を含めここでは聖公会と表記します。

■牧師と神父と司祭の違いってなに?

わっかりにっく〜、って思うのがこういった
チマチマした言葉ね。

司祭、とは位階の一つでこの言葉は
東方教会、正教会、カトリック、聖公会で使われます。
ん? ここにプロテスタントは入ってない?

その通り!

プロテスタントは、「全員が祭司」という意味の「万人司祭」
教理を採用しているので、司祭がいないのです。
この万人司祭はプロテスタントが生まれた時の
大切なキーワードで、
一部の人が偉いんじゃない! 神様を信じる人は皆平等なんだ、
という考え方です。
なので、プロテスタントは司祭の代わりに牧師がいます。
牧師は教師役です。牧場の羊をリードする役割ですね。

神父、はカトリックに於いて司祭を呼ぶときに使う言葉です。
聖公会では、司祭を呼ぶときには「先生」または「牧師」と呼びます。
牧師のジェレミー……
プロテスタントでは牧師を呼ぶときには「先生」または「牧師」と呼びます。
因みに、学校や病院他教会に属さない施設や組織で働く聖職者を
チャプレン」と呼びます。
私の通っていた学校では皆「チャップ! チャップ!」って気軽に言ってました。
本人には言えないけどw


ちょっとややこしや〜ぁ ややこしや(古い)


さて、司祭については下記のとおりです。

・カトリック
司祭(神父)
結婚できない
(ただし東方典礼カトリック教会と聖公会から改宗の場合のみ妻帯許可)
男性のみ

・聖公会
司祭(先生)
結婚できる
教区によっては女性も可能

・プロテスタント
牧師(先生)
結婚できる
教派により女性も可能

・正教会
司祭(神父)
司祭になる前なら結婚できる
(その後司祭になっても婚姻は継続可能)
男性のみ
離婚禁止。死別後でも再婚は禁止


簡単に言えば

カトリック「神様に仕えるんだから、神様一筋ッショ。男の世界に女入ってクンナ!」
聖公会「あ、うちはそもそも王様がトップなんで結婚できないと困るんですよね。時代の波に乗って女性OKっすよ」
正教会「まあ司祭になる前からストイックとかさ、ぶっちゃけ体持たないですしね。出世前に結婚しちゃえ! 女? いや嫁ならいいけど俺らの職場に入るなよ」
プロテスタント「いやー、神様の前では皆平等なんでね。信者が結婚できるなら牧師も結婚できますよ。女性は反対するおっさんがいない教派ならOKですよ」

こんな感じです。


それから、司祭は位階の一つです。
他にも宗派によってそこに至るまでなどいろいろありますが
そこはまあ知らなくても困らないので割愛。


■マリア信仰って?

カトリックの教会に行くと
イエスの肖像よりも、マリアの肖像が目立ちます。
幼子イエスを抱いているものが多いです。
まるで、キリスト教ではなく、マリア教かのような勢いです。

ここで、おさらい。
マリアとは、イエス・キリストのお母さんです。
マリア、という名前は良くある名前なので
聖書でもしょっちゅう出てきます。
ワケわからなくなるくらい。
母マリアマグダラのマリアは、覚えておくとちょっとラッキー位な感じです。
とりあえず、今はお母さんであるマリアについてです。


聖公会でも、東方教会でも
確かにマリアはある程度の崇敬の対象とはなっています。
(プロテスタントでは基本あまりないです)
ですが、カトリックに於いては、かなりの入れ込みよう。
カトリックにある「ロザリオの祈り」という祈りは
マリアに、神様への取り次ぎをお願いする祈りです。
※ロザリオとは日本で言うところの数珠のようなもので
10個一連×5連で一つの輪になっていおり、その珠を
繰りながら祈りを唱えるものです。

因みに、フランスはカトリック国ですが
かの有名なノートルダム寺院は「私たちの貴婦人の寺院」という
名称で、私たちの貴婦人=(聖母)マリアという意味です。
また、カトリック圏ではマリアに関する奇跡も多く
有名なルルドの泉はマリア出現による、病気治癒の泉です。

中世カトリック(中世西洋キリスト教はほぼカトリックと見てOK)では
マリア信仰が白熱するあまり、プロテスタント運動が生まれた時には
そこへの攻撃が強く出ます。
聖書に根拠の立証できないマリア信仰ではなく、
あくまでも神である主はイエスである、という考え方に立つのが
プロテスタントですね。
(プロテスタントにも様々な派閥がありますが、ややこしくなるので割愛します。
ただ基本は、「神(イエス)は母により神であるわけではない」という
考え方です)

カトリックでのマリアの扱いは下記のようなものです。
★被昇天
通常人間は終末まで待って、審判を受け天の国(または地獄)へと赴きます。
マリアはそれを待たずに、天国へ行くことができたというもので、
イエスは昇天ですが、マリアは神様に召しあげていただく、と言うことで「被」昇天となります。

★無原罪の御宿り(むげんざいのおやどり)
人は原罪を背負い産まれてくるというのが、キリスト教の基本教義ですが、
イエスを身ごもることができたマリアは、産まれた時からその原罪がなかった(免除されていた)
というのがこの「無原罪の御宿り」です。
カトリック以外の(プロテスタント以外の)教派では、マリアが神の栄光を
得られたのはイエスを身籠り産んだ後からだとされます。
ベラスケスエル・グレコがこのテーマで絵を描いており、有名です。

また正教会ではマリアのことを聖母マリアではなく
生神女(しょうしんじょ)マリヤ(マリアではなくマリヤと表記することが多い)と
呼ぶことが多いです。
この生神女マリヤがイエス誕生以前(旧約聖書時代)の聖人と
イエス以降(新約聖書)の間の橋渡し役となり、旧約聖書の聖人全てが
生神女マリヤと共に、イエスがこの世に人の形をとる事に同意した、という
理解がされています。わかりにくいですね。理解しなくて大丈夫です。


また、少し面白い信仰としては4世紀ごろと15世紀ごろに流行した信仰で、
マリアのお母さんアンナもまた、処女受胎をしてマリアを出産したという
ものがあります。
これについては1677年にカトリック教会が否定しています。
(ただし、聖アンナはマリアの母として聖人認定されています)


で、結局何でマリア信仰が白熱したかっていうと
女神信仰が土着の信仰としてある場合、それと結びつくことが多いのですね。
カトリック国は多くの植民地を得ていました。
そしてそこには多くの土着の神がおり、その多くは
地母神として女神を祀ることが多かったのでしょう。
多神教的世界観の場合、女神が優位にあることも多く
(出産、繁栄、豊穣の神として祀られやすい)
その女神との習合により、土着の信仰からの移行を促し
キリスト教化が進んだとも考えられます。


■三位一体(さんみいったい)って?

ネギとゴマとわさび。蕎麦汁に入れて三位一体!
なんてのはどうでもよくて。

キリスト教を語る上で三位一体は必ず出てくる単語です。
なんじゃらほい?! ってなものですが簡単に。

父ヤハウェ子イエス聖霊は三つとも同じものでその全てが神である。
カトリックや聖公会ではこれを祈祷文の中で
「父と子と聖霊の皆において(よりて)」と唱えます。
(他の宗派はわからんです。すみません。多分似たような言葉唱えてるハズ)

父・子・聖霊、で三位(さんみ)なんですな。で、それらは
父が子や聖霊に姿を変えたというわけではない、というのがポイント。
あくまでそれぞれが独立していながら、それぞれが一つなのです。
わけわからん! わからんので、そういうもんなんだ、って思っていてください。

因みに、絵画では聖霊は鳩の姿で描かれることが多いです。
宗教画に鳩がいたら、それは聖霊、つまり神を示していると思ってOKです。


■旧約聖書と新約聖書

ポイントは旧「約」であって旧「訳」ではないということです。
では「約」とはなにか、というと「契約・約束」なんです。

つまり、旧約聖書というのは、新約聖書の前に翻訳されたもの、という意味ではなく
旧い契約・約束、ということですね。ただし、この旧約聖書という言い方はキリスト教のもので
ユダヤ教ではそう言いません。何故か。
そもそもこの契約・約束は誰との契約・約束かといえば、神様となんです。
神様との旧い契約・約束=旧約聖書
神様との新しい契約・約束=新約聖書
新しい契約とはイエスが現れて交わしたものですね。
なので、キリスト教の言い方なのです。

因みに、同じアブラハムの宗教となる「イスラム教」は
同じヤハウェの神を信仰しますが、キリスト教がイエスという「子」を
神とし三位一体とした教義を打ち立てたことに対し
「イエスは預言者である」という立場を持っています。
イスラム教の開祖ムハンマドも預言者(最後にして最高の預言者)とし
あくまで神は一柱としています。

ユダヤ教「神様は私たちをお救いくださると契約されました。この聖書にあります( ー`дー´)キリッ
とても厳しい神ですので、きちんと、神が与え給うた律法を守らねばなりません」

キリスト教「神様は、きちんと神様を敬えば救ってくださる、と新しく契約をくださいました。
その証に子なる神を使わして下さり、贖罪の子羊となさいました。信じる者は救われるヨ」

イスラム教「いやいやいやいや、神様はお一人だけだし、イエスは預言者なのに
神様の言葉を少し曲解しちゃったね。改めて厳しい教えと契約を最後の預言者に託されたよ」


という感じです。

■預言と予言

これは明確に分けないといけません。
預言、これは神様の言葉を託されているということです。
なので、モーセであったりノアやソロモン、ダビデなどもそうです。
そしてイエス、イスラム教であればムハンマドも該当します。
神様から言葉を預かるから預言なのですね。
一方予言とは。
未来のことを予め宣言することです。
神様からの言葉を預かるわけではないので
予め述べるという意味で「予言」となります。


■聖歌と讃美歌、ミサ

宗派によってちょいちょい名称が変わるところが
なじみが薄い分混乱するところですが、
二次創作するのであれば、その辺わかっていると
話にリアリティが出たりして楽しいです。

と言うわけで、一番わかりやすい部分をご紹介です。

★ミサ
カトリックに於いて最後の晩餐に由来する儀式をミサと呼びます。
良く、キリスト教の礼拝をミサと呼ぶと思われがちですが
一般的には通常の祈りは礼拝(ほとんどの宗派に於いて)または
典礼(カトリック)奉神礼(正教会)と呼びます。
カトリックのミサに相当するのが、聖公会(英国国教会)とプロテスタントでは
「聖餐式」です。正教会は「聖体礼儀」と言います。
黒執事な二次創作の場合、聖餐式を使うと良いですね♪


★聖歌と讃美歌
讃美歌、という言い方が、信徒ではない日本人の間では
一般的です。それは何故か。
簡単です。結婚式で讃美歌、と使っているからです。
日本の結婚式で行われるキリスト教式結婚式は、基本的に
(信徒が行うものや教会で行われるもの以外は)
カトリックとプロテスタントの両方から
華々しく見える部分を参考に再構築しています。

さて讃美歌。讃美歌はプロテスタントでの呼び方で
カトリック及び聖公会では讃美歌とは呼びません。その二つでは
典礼歌もしくは聖歌と呼びます。また、正教会を含む東方教会も
聖歌と呼びます。
※正教会では現在も楽器の伴奏が禁止されており、無伴奏聖歌(アカペラ)が基本。

広義に於いては、讃美歌も聖歌に含まれます。
カトリックと聖公会は類似(または共通)の聖歌も多いですが
(ただし付与されている番号は異なる)讃美歌とは内容が異なることが多いです。

因みに、ゴスペルは主にアメリカ系プロテスタント教会の宗教曲が
元になっているもので、黒人系と白人系があります。
奴隷制度の苦境の中で生まれた音楽です。
 

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